『草の背中』(吉田道子)

咲の十一歳の誕生日に、祖母のこよみさんが「今度、わたしの十一歳のときの話をするね。話すにはちょっと勇気のいる話。さ・も・し・い・話」と謎のようなことをいってきました。しかし「今度」は訪れず、こよみさんは約一ヶ月後に亡くなってしまいます。「あっさり、さっぱり、きっぱり」生きてきたと誰もが称えるこよみさんの子ども時代の蹉跌をめぐる物語です。
こよみさんという人物の魅力が、作品の肝です。仕事を辞めた後は読書と手仕事して生きていて、あまりに「きりきりしゃん」としているので咲は少し苦手意識を抱いていました。一方、魔法のようにその場にあった言葉を使うさまに惹かれていて、ひそかに「魔法つかい」ならぬ「言葉つかい」と呼んでいました。そんなこよみさんの秘密が、うん、それは一生かけて償うしかないやつだね。
吉田道子作品のよさは、大地に根ざした強さを持っているところにあります。それは単に都市生活とは異なる暮らしを描くことが多いという表層的なものではなく、もっと本質的な生き方の作法にあります。はたちよしこの詩『草』にある「草の背中」というフレーズに仮託することで、その強さのイメージが鮮明になっています。実に吉田道子らしいよさの詰まった作品です。