『ひげよ、さらば 中』(上野瞭)

伝説の猫BL児童文学『ひげよ、さらば』の三分冊新装版の中巻。古い作品なので、ネタばらしには配慮せず内容を振り返ります。未読の方はご了承お願いします。
三分冊になることで、作品の構造はみえやすくなります。中巻からわかるのは、この物語は行きて帰りし物語であるということです。主人公のヨゴロウザは猫のリーダーとして認められるべく相棒の片目とともに危険な犬の領域に乗りこみます。ここで一般的に期待されるのは、この冒険を通して主人公が英雄となり、立派なリーダーとして帰還して猫の仲間たちから迎えられることです。しかし実際のところ、ヨゴロウザは残酷な独裁者に変貌してしまいます。一般的な物語に期待される展開をどんどん脱臼させていくのが、この作品の特徴です。中巻の半分ほどで描かれるのは、ヨゴロウザの闇堕ちの過程です。
まずヨゴロウザは、犬たちとの対話や対決によって暴力に染め上げられます。序盤で対決するのは、ソノコロというじいさま犬です。ソノコロは身勝手な理屈を展開し、老化して苦しむくらいならいま自分に命を抜き取られる方がよいと説得してきます。ヨゴロウザは「じいさま犬の申し出が、ひどく思いやりのあるように思えた」と、危うく洗脳されかけてしまいます。こうした殺す側の論理に触れることで、対話を大事にしていたはずのヨゴロウザは暴力の世界に傾いていきます。
ヨゴロウザと犬たちとの対決は実にスリリングに進み、あらゆる意味での重厚さにもかかわらずリーダビリティは高いです。しかしそのバトルは、犬や猫の暴力を圧倒的に超えた災害級の暴力、大蛇のオオウネリの乱入によって崩されます。対等に近い力を持つ者同士の戦いから、怪獣パニックに急にジャンルが変質してしまうのです。王道のバトルを迫力たっぷりに描きつつ、それをあっけなくひっくり返してしまうのがこの作品のすごいところで、この趣向は下巻の猫と犬の最終決戦でも繰り返されます。
ただし、犬とオオウネリとの対峙だけではヨゴロウザを闇堕ちさせるには不十分であると作者は考えたのか、さらに「モズのカラカラ」、名なし猫との死闘とトラウマポイントを稼ぎ、外見も片目にすることでヨゴロウザの闇堕ちを完成させます。
独裁者となったヨゴロウザがまず憎んだのは、歌でした。第22章のタイトルは「爪と歌と」で、暴力と文化の対立が生まれます。

「歌で気持ちをぴったりいいあてるなんてことは、もうたくさんなのよ。ナナツカマツカへもどれば、そういう歌はぜったい許さないつもりだ。いや、歌だけじゃないぞ。おれはな、歌を歌う猫など一ぴきもいないようにしてやる」

そして粛清が始まり、「学者猫百回まわり」など忘れられないエピソードが続きます。しかし、究極のトラウマ児童文学としての『ひげよ、さらば』にとっては、まだまだこのくらいは序の口。マタタビの枝という重要アイテムがピックアップされるいいところで、下巻に続きます。