『文通小説』(眞島めいり)

描写力の高い作家には百合を書いてもらいたいと願うのは、人類の習性です。であるなら、ほとんどの人類は眞島めいりの百合児童文学を待望していたということになりますが、早くも夢は叶えられました。
中学2年生の3学期の最後の日、ちさとは親友の貴緒から、「たいしたことじゃないけど、いちおう話しとくね、くらいの、いつもとまったく変わらない調子で」突然転校することを告げられます。実はLINEは苦手であるとこれまた初耳のことを言ってきた貴緒は、文通しようと持ちかけてきます。即座に承諾したちさとは、高校は別になっても大学は同じところに行こうと提案し、指切りをします。
文通でのやりとりでは意思の疎通が難しく、貴緒が知らない女の絵を描いて送ってきたことなどから、貴緒は向こうで自分のことなんかほとんど忘れてうまくやっているのだろうと、ちさとは一方的な被害者意識を育てていきます。もちろんそれはちさと視点ではそう見えるというだけの話で、貴緒から見た世界はちさとにはなかなか想像できません。貴緒との文通や貴緒との過去の回想、あるいはちさとと学校の友だちとのやりとりを通して、ちさとの一方的な思いこみを解きほぐしていく過程がみどころです。
期待通り、百合方面でも眞島めいりの描写力はいかんなく発揮されていました。百合的にいい場面を列挙すると長くなってしまうので、序盤の別れの場面だけ紹介します。同じ大学に行こうと指切りをする場面。

右手の小指を勢いよく突き出す。指切りしよう、って。
不意をつかれたような顔をした貴緒は、一拍遅れて、同じように小指を差し出してくれた。でもわたしと違って左利きだから、とっさに出したのも左手で。
わたしの右手の小指と、貴緒の左手の小指が、紺のブレザーを着た胸の前でねじれて絡み合った。
もうすぐ桜が咲き始めるなんて信じられないほど、しんとした三月の空気の中で、どちらの指もつめたく凍えていた。

その後のねじれた関係を示唆するために利き手が異なるという設定にしたの、天才では?
百合方面以外で目を引くのは、大学の図書館の場面です。ちさとは貴緒から与えられた「この花なんでしょうクイズ」の答えを探るため、中高生に開放されている市内の大学の図書館に赴きます。デビュー作『みつきの雪』でも学校図書館の棚のNDC分類が意識されていましたが、ここでも3桁の数字が印象的に提示されます。眞島めいりは整然とした知の連なりに思い入れがあるのかもしれません。しかし、知を掌握するのは人類にとって見果てぬ夢です。館内の大学生は、五千円も出して買った本の意味が全くわからずゼミの先生に言ったら先生も「知ってる。あれ俺もわからん」と応じられたという会話をしていました。しかし、そのわからなさはむしろ前向きなものと捉えられます。
美しい秩序を希求しながらも、わからなさを受け入れその限界のなかであがくこと。他人と関係を築くうえでも、進路を決めるうえでも、人生に臨むにあたってこの態度は誠実で正しいものであるように思われます。