『沙羅の風』(松弥龍)

小5の修了式後、楽しい春休みの予感に胸を弾ませていた沙羅は、母の怜子さんから突然墓参り行くのだと告げられ鳥取に連れていかれます。怜子さんの友人の一ノ瀬さんが経営する民宿に滞在することになりますが、いきなり缶ジュースの箱を運ばされるという重労働を強いられます。はい、あらすじ紹介中途半端なところで放棄します。
おそらくこの作品の魅力は、あらすじを取り出してもほとんど伝わりません。この作品の美点は、旅してる感を堪能させてもらえるところにあります。それは実際に読んでみなければ体感できません。たとえばそれは、食事の場面の丹念な描写などに表れています。目的地に向かう新幹線の車中では母が作ってくれたいつものばくだんおにぎりを食べ、旅先では変な顔の魚やら目新しいものにも挑戦し、作中に登場するおいしそうなものは枚挙にいとまがありません。
おいしそうな食べ物や新しく知りあった善良な人々との交流といった描写の積み重ねで、非日常の空気感を生じさせています。心を浮かれさせたりヒリつかせたりする空気感のなかで、常に旅の途上にある人間の姿も浮かび上がってきます。基本的に快活だけどいくつか地雷ポイントがあるらしい母の秘密が明らかになるところが物語のひとつの収束点になります。でも、それも人生という旅の途上です。