『かわらばん屋の娘』(森川成美)

この作品を読むまで知らなかったのですが、江戸時代のかわらばんは違法出版物だったそうです。処罰されるおそれがあってもなおしてしまうからこそ、人には記録を残す強固な習性があるのだということがわかります。
ここで、別役実『思いちがい辞典』の「キロクヘキ」の項を参照してみましょう。別役はまず「崔杼弑君」の故事を引いて、殺されることがわかっていながら記録せずにはいられない中国の太史を、「これほど病んでいるのだ」と評価します。そして、「キロクヘキ」という病気は「死の恐怖をも超えてしまう」のだと指摘します。
作品の話に戻りましょう。すでに黒船が来航し国が大きく変わろうとしている文久元年(1861年)、13歳の吟はかわらばんを売っている父の手伝いをしていました。父が文章を書き、吟が絵を描くという分担。今回の仕事で吟は、人魚の絵を描くよう命じられます。人魚が出たという嘘記事を書き、見世物小屋ともグルになって一儲けしようという魂胆でした。
本のデザインや伊野孝行のイラストが楽しげで、インチキ商売で儲けようという発端。この見た目から想像できないような陰惨なストーリーが展開されます。父が失踪し、手のかかる弟の面倒も見ながら商売をしなければならないという事態に、吟は追いこまれます。仇討ちに行き詰まって切腹しようとしていたちょっといい感じの武士の男子を拾うという幸運もありましたが、そのくらいでは状況はまったく好転しそうにありません。
時代ものの児童文学には、その設定でなければ描きえない血なまぐさい絶望や救いのなさを織りこむことができます。『かわらばん屋の娘』も、その系譜の傑作に数えられる作品になりそうです。
以下、結末に触れます。








この結末は、児童文学でタブーであったとされる子どもの自殺を扱っていると解釈できるので、議論を呼びそうです。別役実のいうように記録癖は死の恐怖を超えるというのは冗談にしても、吟の選択を我々はどう受けとめるべきなのでしょうか。ここで注意しなければならないのは、吟は守るべきものを失ったから自暴自棄になっているわけではないということです。庇護すべき弟はまだ生存していますし、さらに他人である版木を彫る職人も過酷な道に巻きこんでいます。
もちろん吟は、真実を伝えたいというジャーナリストの精神や正義感を事件のなかで育んではいます。しかし、子どもにここまで悲壮な決断をさせるには、それだけでは説得力に欠けるようにも思われます。単なる理念だけではなく、暴力や悪に直面したときに人はこうせざるをえなくなるという人間の根源的なあり方を描いているところに、この作品の得難い迫力があります。