『夢みるピーターの七つの冒険』(イアン・マキューアン)

いまやイギリスを代表する作家として世界的に名声を得ているイアン・マキューアンの1994年の作品。自分の子どもに語って聞かせたお話を本にするという、古式ゆかしい児童文学の作法にのっとってこしらえられた作品です。翻訳は単行本が2001年、文庫版は2005年に出て、今回単行本の新装改版が刊行されました。
主人公のピーターは孤独を志向し白昼夢の世界によく入ってしまうタイプの男子。大人からはなにを考えているのかわからない「むつかしい」子だとみなされています。そんなピーターの想像力の冒険の物語が七編収録されています。
第一章「人形」は、右腕と左脚がもぎとられている〈わるい人形〉が迫ってくる話。ベッドにいるピーターは〈わるい人形〉はベッドの上まで這い上ってくることはできないだろうと高をくくっていましたが、思いがけない革命が起きてしまいます。第六章「赤ちゃん」では、ピーターは赤ちゃんになってしまいます。その視点では大人の脚は柱のようで顔は崖のよう。成長してしまうと体験できない恐怖が再現されます。このように、ホラー度の高い作品も目立ちます。
わたしがもっとも好きなのは、第二章の「ネコ」。ピーターが17歳の老猫ウィリアムをなでていると、ジッパーのようなものが見つかり、それをおろしてしまいます。このあたりの描写は生々しくて不気味でもあるのですが、ジッパーのなかから出てきたものは神々しい「ピンクと紫の光の波」でした。それがウィリアムの魂であることがピーターにはすぐにわかり、その魂と自分の魂を入れ替えてしまいます。このあとの展開は、美しいとしかいいようがありません。第二章単独でみると、猫短編小説のオールタイムベスト級の作品です。