『杉森くんを殺すには』(長谷川まりる)

高校生のヒロは、杉森くんを殺すと決意したことをミトさんに報告します。するとミトさんは、人殺しになると裁判にかけられるからその理由をまとめておくように、少年院に入れられるからやり残したことがないようにしておけと、いやに実用的な助言を与えてくれます。
この作品が非常に重いテーマを扱っていて、議論されるべき論点をたくさん抱えていることはいうまでもありません。それにしても感嘆させられるのは、その重いテーマをある意味で軽快に、レベルの高いエンタメとして料理してみせたことです。
ヒロ・杉森くん・ミトさんの関係性がほとんどわからない状態のミステリアスな語り出しから、作品世界に引きこまれてきます。ミトさんの助言に従うことは、余命ものでやりたいことリストをこなすというベタなエンタメの作法に従うことになります。しかしヒロがまずおこなうことはまんがを大人買いして学校の授業中でもかまわず読みふけるという逸脱行為、ここらへんで、過剰に生真面目なヒロの特性も立ち現れてきます。しかも、そんな厄介さを持つヒロが、遊園地でダブルデートという絵に描いたような青春にしれっとこぎつけるのです。
作中人物の会話の軽妙さが作品世界をにぎやかにしています。さらに作中人物たちの脳内もにぎやかです。『めんつゆひとり飯』の「心の十越さん」概念のように、作中人物たちは脳内に他人を住まわせています。それは作中で、「謎の幻影」「自分のなかの、相手のイメージ」と言い換えられます。こうした喧噪のなかで我々は生きているのだということを描き出したことも、この作品の大きな成果でしょう。