『砂漠の旅ガラス』(長谷川まりる)

AIの暴走のせいで世界最終戦争が起こったらしい、砂漠化して荒廃した世界を舞台にしたポストアポカリプスSF児童文学。ツバメ・ミサゴ・キツツキの三人組は、砂の下から旧世界の遺物を掘り出して生活する、旅ガラスと呼ばれる生き方をしていました。しかし、ツバメは貴重なブツを隠し持っていて……。
どんなジャンルでもいける恐るべきオールラウンダーの長谷川まりるですが、今回はイラストまでこなしています。モノクロイラストの陰影のつけ方やキャラをデフォルメするときの気の抜き方などからは、4,50年前の児童文学の挿絵の雰囲気が思い出され、懐かしくなります。
ここには旅ガラスだけでなく、全体主義的な体制をしいている居住地に生きる人や、高地に住み川を独占している砂賊など、異なる生活様式と価値観を持つ人々が暮らしていました。実はツバメは元は居住地の人間でしたが、ある事情でそこを飛び出しミサゴの仲間になります。特殊な出自を持つ人物が、異なる価値観をつないだりつながなかったりする展開がみどころです。また、バンクシアという実在するおもしろ特性を持つ植物をキーアイテムとしてSF世界をつくりあげた着想もみごとです。
しかし、長谷川まりるのファンにとって恐るべきことは、9月に刊行されたばかりの『杉森くんを殺すには』のある種のアンサーが、10月刊行のこれで爆速で提示されてしまったことです。*1はたして人類は、長谷川まりるのスピードについていけるのでしょうか。

*1:ただしこれは刊行順に読んでいる読者にはそうみえるというだけの話で、著者のTwitter上の発言によると実際の執筆順は「旅ガラス→お絵かき→キノトリ→サマラファーム→杉森くん」だそうです。