『ぼくらの胸キュンの作り方』(神戸遥真)

サッカー部に所属する中学生日向には、隠している趣味がありました。それは、少女漫画が好きで、女子ユーザーの多い小説投稿サイトで小説を書いていること。ところが、学校の下駄箱に投稿サイトのペンネーム宛ての手紙が入っていて驚かされます。手紙の差出人は同級生の美術部員唯人で、日向の原作で漫画を描きたいというさらに驚きの提案をしてきます。こうして、周囲には内緒で少女漫画誌に投稿するための作品制作に励む日々が始まりました。
まずは、少女漫画を愛好する男子や暴力的な表現を好まない男子というマイノリティの存在をおおっぴらに語りやすくなった時代の進歩を喜ぶべきでしょう。作中ではイケメン論や漫画の歴史など、興味深い問題提起がいくつもなされます。
もっとも検討すべき場面は、第4章の「胸キュンの作り方~実践編」の、ポーズの資料のために日向と唯斗が実際に胸キュンな場面を再現しているところでしょう。ここでふたりは、壁ドンって実際やられてみると威圧感があって怖いとか、現実とフィクションの差違に気づき、より現実的な胸キュンシーンはどうあるべきかという論考をしていきます。実際やってみることで思索を深めていくという方向性は児童文学として正しいです。
しかし見方を変えるとここは、男子ふたりでイチャイチャしているサービスシーンでもあります。未熟な創作者であるふたりにデビューからわずか6年で45作を超える著作を出した手練れである神戸遥真が胸キュンシーンのお手本を示しているともとれます。しかし作中のふたりは真剣にフィクションの倫理について考えているわけで(このふたりを操っているのも神戸遥真なのですが)、素直にこれを消費していいものかと読者はとまどわされます。ここが非常に複雑で、読者も自分の身の置き所について悩まされます。