『はじまりは一冊の本』(濱野京子)

濱野京子があかね書房から出している本の物語も、いつの間にか長いシリーズになっていました。今回の主人公は、図鑑を読んだり調べ物をしたりすることが好きな少年柊斗。しかし柊斗の父親は脳筋タイプで、近所に住む柊斗の同級生のサッカー少年文哉のことが気に入っていて、柊斗の同意を取ることなく一緒に文哉の試合の応援に行く約束をするといった勝手な行動を繰り返していました。間違った家庭に生まれてしまった子どもという、ロアルド・ダールの『マチルダ』を思わせるいやな設定です。スポーツが好きであろうと図鑑が好きであろうと、趣味に貴賎はありません。ただし、親であるという権力を利用して子どもに趣味を押しつけるのは迷惑です。
柊斗は文学には興味がなく知識の本を好むという、本好きのなかでもマイノリティでした。そんな彼が、『わたしたちの物語のつづき』の主人公たちが作成した『妖精リーナの冒険』に出会います。柊斗は物語にはほとんど関心がなく、本というかたちのある物体をつくったことに感嘆します。柊斗は『妖精リーナの冒険』をつくった碧衣たち前でそれをはっきりとはいわないデリカシーを持っていましたが、彼女たちが柊斗の本心を知ったらがっかりするのは間違いないでしょう。
柊斗はここから、製本や本の歴史に興味を広げていきます。興味の広がりとともに世界が広がっていく楽しさを描き、さらに他人の見え方も変わっていく様子を堅実に描いているところに、この作品のよさがあります。