『モノクロの街の夜明けに』(ルータ・セペティス)

ヴィルヘルム・グストロフ号事件を題材にした『凍てつく海のむこうに』、シベリアの強制労働収容所へ送られたリトアニア人を主人公とした『灰色の地平線のかなたに』など、近い時代の歴史フィクションを著してきたルータ・セペティスが今回舞台に選んだのは、チャウシェスク政権崩壊前夜の1989年ルーマニアです。

罪悪感は、獲物をねらう獣のようだ。

ひそかにラジオを聞いたりして自由を求める青年クリスティアンは、秘密警察に脅されアメリカ人外交官の家庭の様子を探って密告するように強いられます。周囲の誰が密告者なのかわからず、学校の先生も友人も恋人も、家族も信用できません。自分すらも密告者なのですから、こんな状況で正気でいろというのは無理な注文です。
彼らにも、年齢相応の青春はあります。秘密のビデオ上映会で好きな女の子と『ダイ・ハード』を鑑賞したり、たった1本の「本物のコカ・コーラ」をわけあって飲んだり。それだけのことが彼らにとっては特別な出来事であったということに胸を塞がれます。彼らはアメリカの映画で描かれるふつうの人々の生活は大幅に盛られたものだと思っていて、ディズニーランドが本当に実在するのかどうかさえ疑っています。
とにかく重い作品ですが、エピローグは本編に輪をかけて重いです。家族を破壊された後にもその後の人生を歩まなければならず、真実を得るには途方もない時間がかかってしまいます。
これは他人事ではありません。公文書すらまともに取り扱えなくなってしまった国に生きる我々は真実を追及することができるのか、我々の行動も問われています。