『トモルの海』(戸部寧子)

第4回フレーベル館ものがたり新人賞大賞受賞作。小学5年生のトモルは、夏休みにおばあちゃんの家に滞在しました。誤算だったのは、トモルはおばあちゃんの家の近くには海があるものと思いこんでいたのに、なかったこと。ひとりでスポーツウォール相手にボールを投げていると、めぐると名乗る年上のおねえさんに声をかけられます。トモルの夏は、この神出鬼没のふしぎなおねえさんめぐるちゃんと過ごす日々になりました。いや、早く逃げて。夏に少年の前に現れるおねえさんはだいたい妖怪だから遭遇したらダッシュで逃げろって村の古老から教わったでしょ。

どんな鳥だって
想像力より高く飛ぶことは
できないだろう
寺山修司ロング・グッドバイ」)

なみだは
にんげんの作る一ばん小さな海です
寺山修司ロング・グッドバイ」)

物語の軸はトモルが自分だけの海を見つける物語と要約すればすんでしまうので、あまり論評を付け加える必要はありません。現実と夢が容易に混濁してしまう作品世界の幻想性を楽しめばよいだけです。物語の冒頭からして、お父さんの運転する車のなかで知らない人と海辺でキャッチボールをする夢を見るところから始まるので、その方向性は徹底しています。たとえば、水族館で魚を見ているといつの間にかその場にいなかったはずのめぐるちゃんが現れ、いっしょに水槽の中に入りクラゲやペンギンやオットセイたちと野球をしているといった具合。読者にできることは、「想像や夢が現実を追いぬく瞬間だってあるわ」というめぐるちゃんの言葉に導かれるようにたゆたうことだけです。