『ぼくとあの子とテトラポッド』(杉みき子)

短編の名手杉みき子の1983年の佳品。第1章「テトラポッド16号」では、夏休みに海辺のおばさんの家に滞在している一郎と怪異との出会いが描かれます。一郎がテトラポッドにのぼろうとしたところ、ユリと名乗る女子がテトラポッドにはそれぞれ持ち主がいるから勝手に乗ったらダメだと注意してきました。そして、16という番号が書かれたテトラポッドは空いているからそこならのぼっていいと指示してきます。一郎ははじめはぱっとしないテトラポッドだと思っていましたが、16と言う番号が自分の名前と同じであると気づくと急に愛着がわいてきました。しばらくふたりでそこで過ごしていて、ふとユリの方を振り返るとそこには大きな白いカモメがいました。はたしてユリの正体はカモメなのかテトラポッドの化身なのか。
興味がない人からみたら同じようにみえるもののなかからひとつお気に入りを見つけられるという、子どもの感性のあり方が的確にすくいとられています。テトラポッドという人工物が仲立ちとなり、明らかに人外の存在であるユリが一郎を不思議な世界に導いていきます。もとは第1章の「テトラポッド16号」のみが短編として発表され、後に長編化され一郎とユリの冒険が続きました。
第5章でふたりは、休館日の水族館に入りこみます。自動販売機にきちんとお金を入れて入場券を買って入ったので、おそらく不法侵入ではなく合法のはずです。暗い館内でホタルイカの光ったのをきっかけに、水棲生物たちのショーが始まります。ショーの美しさだけでなくユリのこねる屁理屈も愉快で、人が来る日は魚たちは人を観察しているから、休館日だけお互いに見せ合うためにショーをしているのだと言います。
この作品にはお説教要素はほとんどありません。きらびやかな幻想の世界でただひたすら遊ばせてもらえる、贅沢な読書体験を得られます。