「風の音をきかせてよ」(泉啓子)

風の音をきかせてよ (新創作児童文学)

風の音をきかせてよ (新創作児童文学)

 1985年刊、翌年第19回日本児童文学者協会新人賞をとった泉啓子のデビュー作です。80年代を代表するリアリズム児童文学の傑作といっても言い過ぎではないでしょう。母親に家出されてしまった少女杏子を主人公とする連作短編集です。この主人公の屈折具合が見事です。母親の不在に傷つきつつも、それをネタに友達をからかってみる。仕切り屋のクラスメイトにうんざりしながら状況に応じてそのクラスメイトをうまく利用する計算高さを持ち、自分より立場の弱いクラスメイトに同情しながらも静かに観察する冷徹さを持っている。いやになるくらいリアルな人物造形です。
 どの短編も味わい深いのですが、なかでも白眉なのが「学級日記」という作品です。クラスの中で班ごとの交換日記が自然発生的に始まったのですが、杏子を含む数名の人間だけが参加しなかったため学級会でつるし上げられることになります。クラス内の同調圧力は熾烈を極め、学級日記を書かない子供はだんだん減っていきます。そんな子らに日記を書かせることに成功した子供は、誇らしげに書かせた日記の内容を学級会で発表します。いつもおとなしい彼は実はこんなに面白いことを考える人間だったのだというように。孤立する個人をゆるさずに、多数派が求める物語に回収していく。集団の恐ろしさを細やかに描ききっています。最後のひとりになっても静かに抵抗する杏子を応援せずにはいられません。