「天下無敵のお嬢さま けやき御殿のメリーさん」(濱野京子)

 こうの史代に釣られました。いや、フォア文庫の中で浮いてること浮いてること。これは昭和の児童書だといわれても信じてしまいそうです。
 主人公の沢崎菜奈は中国武術をたしなむ活発なお嬢さま。そのお嬢さまの語りがこんな感じです。

わたくし、沢崎菜奈と申します。ここ、花月町に暮らし、花月小学校に通う六年生。はっきりいって美少女です。それに、運動神経抜群で成績優秀。おとうさまはお医者さまで、家庭はとても裕福です。人はわたくしを、天下無敵のお嬢さまといいます。

 たった2ページ目にして本をぶん投げるか読みつづけるかの選択に迫られますが、ここは我慢して読んでみてください。
 始まりは近所のおんぼろ屋敷に住み着いたメリーさんとメリーさんの姪の芽衣との出会い。菜奈は橋の上にたたずむ好みの美少年を見つけ胸をときめかせますが、すぐに美少年が実は女の子芽衣であることがわかります。菜奈の恋はわずか15分で終了してしまいました。

ショックです。失恋のスピード記録更新です。あの時の恋の予感はなんだったのでしょう。あのときめき、あの鼓動、まわりじゅうがきらめいて見えたのに。それも一瞬にして吹きとんでしまいました。

 その後物語は菜奈のいとこで菜奈とは正反対のタイプのお嬢さま綾香の誘拐事件に発展します。
 菜奈の小生意気な語りとこうの史代のイラストが不思議と調和していて、なんともいえない心地よい雰囲気を醸し出しています。雲の上の存在のようなお嬢さまを主人公にしながら、描かれているのはごく当たり前の女の子の劣等感の物語で、児童文学としてもしごくまっとうです。