ヒロキの父は、ヒロキが幼いころに亡くなっていました。死因は海で溺れたのだということしか聞かされておらず、ヒロキはひそかに自殺の可能性も疑っていました。周囲の大人から子ども扱いされて真実を知らされないことが、ヒロキを悩ませます。
ヒロキの語りには言葉の上ではいらだちがはっきりと表明されていますが、不思議に抑制が効いていて読者に不快さを感じさせません。この文体の落ち着かせ方がうまいです。
そう考えて、おれはもやもやしている理由に気づいてしまった。
おれがいやなのは、新が受験することを打ち明けてくれないことじゃなくて、おれと別の学校に行きたがってる、ってことだ。
うわ、これってすごくかっこわるい。情けない。
対大人だけでなく、横方向にもヒロキは悩みを抱えていました。それは、がんばって塾通いをしているらしい新の進路をはっきりと知らされていないこと。ちょっと新に向けるヒロキの感情は重いような気もしますが、確かなのはほしい情報を与えられないといういらだち、疎外感がヒロキを苦しめているということです。
そして、おれと新は別々に、秘密の旅に出る。
読んだ人は誰もが指摘しているところですが、この「別々に」というのがこの作品の最大の特色です。疎外感をテーマのひとつにし、それぞれの課題はそれぞれで探求するしかないという距離の置き方を徹底しています。そして、それゆえに他人とわかりあえる可能性が開かれていくという流れが美しいです。