『プロジェクト・モリアーティ 絶対に成績が上がる塾』(斜線堂有紀)

SF・ミステリ・ホラー・百合など多彩なジャンルで話題作を出している斜線堂有紀が児童文学に参入しました。この作品について語るためには、少し回り道をして「はやみねかおる」という文脈に触れなければなりません。現在ミステリ界では、はやみねかおるの影響を公言する世代の作家が台頭しています。星海社版の「虹北みすてり商店街」シリーズに推薦コメントを寄せている青崎有吾・阿津川辰海・斜線堂有紀らがよい例です。児童文庫のエンタメを主戦場にしていたためはやみねかおるは賞レースでは黙殺されていましたが、優秀な後進を育成したことでその偉大さを証明しました。この作品の「絶対に成績が上がる塾」というタイトルが、夢水清志郎シリーズのあるエビソードのオマージュであることは間違いないでしょう。はやみねガチ勢が読んだら他にもいろいろ見つけられるかもしれないので、ぜひガチ勢に熱く語ってもらいたいです。
本作の語り手の和登尊は、見たものを写真のように記憶できる特殊能力の持ち主。彼は朝の駅で運命の出会いを果たします。偶然見かけた美少年はサラリーマンに声をかけてパスケースを渡し、その後駅員にスマホを渡すという謎行動をします。その美少年は尊のクラスに来た転校生の杜屋譲で、教室でも早速先生を騙します。「この世界をちょっとだけ正しくしたいと思っている」と語る杜屋を危険だと感じながらも「俺の人生を特別にするような存在に見えてしまう」と運命を感じてしまった尊は、杜屋に誘われ彼の助手になります。
主役はホームズではなくモリアーティなので、人を騙したり操ったりすることにためらいがありません。怪人めいているところに杜屋の魅力はあります。
今巻のメインミッションは、塾生を虐待している疑惑のある塾に潜入して証拠をつかむこと。杜屋の敵となる塾長は、あまりにも幼稚な悪でした。しかし、その幼稚さにこそリアリティがあります。現実を舞台にした作品でも、特殊な設定のある作品でも、斜線堂有紀は人類の悪を鋭く見つめていました。そんな作家が児童向けに悪をどのように描いていくのか、悪役の名を持たされた主役のふるまいを中心に、今後の展開が注目されます。
ところで、はやみねかおるのもっとも大きな功績は、もちろん多くの子どもたちをミステリ沼に沈めたことです。それに次ぐ功績は、多数の魅力的なキャラクターを生み出したことです。怪盗クイーン・虹北恭助・都会トムのバディなど。例を挙げていくときりがありません。それらによっていたいけな子どもたちのその後の好みを決定づけてしまったことも、はやみねかおるの功績(罪?)です。このシリーズにも、そんな役割を期待したいです。謎めいた天才美少年と凡庸なようで実は特殊能力を持っている少年のバディ関係は、刺さる子には深く突き刺さるはずですから。