『はんぶんのおんどり』(ジャンヌ・ロッシュ=マゾン)

新装版はんぶんのおんどり

新装版はんぶんのおんどり

はんぶんのおんどり (新しい世界の幼年童話 19)

はんぶんのおんどり (新しい世界の幼年童話 19)

瑞雲舎版の新装版が刊行されました。元は学研の〈新しい世界の幼年童話〉シリーズから出ていたものです。
公平な遺産相続のために縦に真っ二つにされたおんどりが、お人好しの主人ステファヌを助けて出世させるお伽噺です。
兵士だった父が亡くなると、兄のソステーヌはごうつくばりな本性を現します。まずこの兄の人非人っぷりが笑わせてくれます。父の持っていた家を〈公平〉に分配するため、村にある家を自分が取り森にある掘っ立て小屋を弟に押しつけたり、現金は独り占めして、王さまが出した未払い給料の証文(現金と同額だが、王さまもケチなので請求者はだいたい処刑される)を渡したり。しまいには、たった1羽のおんどりのジョウを真っ二つにして、自分の分はさっそくにこみりょうりを作って食べてしまうという非道なおこないをします。
ところが、ステファヌが引き取って介抱したもう半分のジョウは、半分になって舌が軽くなったからというよくわからない理屈で人間の言葉を話すようになり知能も高くなります。そして、王さまから未払い給料をふんだくろうとステファヌをけしかけます。
お城までの道中でさまざまな障害が現れますが、ジョウはこれをみなしもべにしていきます。この繰り返しは童話のセオリーどおりで安定しておもしろいです。ジョウはしもべをアクセサリーの姿に変えて身につけるので、道々ジョウがパワーアップしていく様子がわかりやすく、静かに話は盛り上がっていきます。
この勇敢で賢いジョウを形容する言い回しがいちいち愉快です。「ぺちゃんこのおんどりはんぶん」とか「とりのきれっぱし」とか「ばんじきゅうすのヒヨッコ」とか。
堀内誠一のイラストも楽しいです。人物はコミカルに親しみやすく描きながら、火や水など自然の脅威は大迫力で描いています。
ということで、この作品は幼年童話の定番として永久に残すべき傑作です。

『南極の冒険』(マージェリー・シャープ)

南極の冒険 (ミス・ビアンカ シリーズ 6)

南極の冒険 (ミス・ビアンカ シリーズ 6)

ミス・ビアンカバーナードは、ついに囚人友の会を引退します。そんなとき、心身ともに衰えを感じ隠居しようとしていたふたりの心に再び炎をともすために、あの男が帰ってきます。そう、最初の冒険の仲間だったノルウェーのあらくれ船乗りねずみニルスが再登場するのです。ニルスは、以前助けたノルウェーの詩人が南極探検に行ってひとり取り残されたとの情報を携えてやってきます。
ニルスの登場するタイミングの絶妙なこと。いろいろあったらしく、片足が義足になった姿で現れたニルスは、自分は同行しようとせずふたりきりの引退旅行に送り出します。さっと現れてさっと引くところが彼らしくかっこいいです。
南極に着くと詩人はあっさりと助け出されて、かわりにミス・ビアンカバーナードが取り残されてしまいます。歴戦の勇士のふたりが今度は救助を待つ側にまわってしまうという運命の皮肉。今度のふたりの戦いは、自身の老いとの戦いでもあったのです。
それでもミス・ビアンカは、一層磨きがかかった老獪な交渉術で北極グマ(!)やペンギンをたぶらかし、難局を乗り越えます。しかし、我らがバーナードはというと……

これまで二ひきが共にした、すべての救出行で、バーナードが、折れたマッチ棒ほどにも、ミス・ビアンカの助けにならなかったのは、これが、はじめてでした。
(p175)

バーナードは、不憫であればあるほど輝きますね。

『キミがくれた希望のかけら』(セアラ・ムーア・フィッツジェラルド)

キミがくれた希望のかけら (文学の森)

キミがくれた希望のかけら (文学の森)

アイルランドの児童文学。メグとオスカーは家が隣同士の親友でした。しかし、メグはニュージーランドに転校することになります。それでも親しくメールのやりとりを続けていましたが、メグの元の家にパロマという少女が引っ越してきてから雲行きが怪しくなってきます。だんだんパロマとオスカーが仲良くなっていくことに嫉妬したメグは、オスカーと距離を取ろうとしてしまいます。そして、オスカーが自転車で海に飛び込んで自殺したという信じられない報を受けることになります。
切ない遠距離三角関係の物語として始まりますが、中盤からはそれどころではない邪悪さをみせるようになります。
物語の冒頭は、オスカーの葬式の場面から始まります。ここで、神父がオスカーの親友に詩を朗読してもらうと言い出します。メグはそんな話は聞いていませんでしたが、その役目は当然自分がするものだと思って身構えていました。ところが、出てきたのはパロマ。遠くにいたメグよりもこの時点では情報を持っていない読者は、いきなり手痛い裏切りを受けたメグに同情しつつ、よくわからないけどかなりややこしい事態になっているらしいとの予感を持たされることになります。そこから時間がさかのぼり、メグとオスカーが語り手を交代しながら、メグの引っ越し以前からの経緯を説明していきます。
この構成が絶妙です。要所要所で読者に違和感を持たせながら核心的な情報はすぐには開示せず小出しにしていくテクニックがいやらしく、読者のゲスな興味を煽ってページをどんどんめくらせていきます。
タイトルや装丁からは想像がつきにくいですが、悪趣味なエンタメが好きな人におすすめできる作品になっています。

『ミステリアス・クリスマス 7つの怖い夜ばなし』(スーザン・プライス/ジョーン・エイキン/他)

ミステリアス・クリスマス

ミステリアス・クリスマス

ミステリアス・クリスマス 7つの怖い夜ばなし

ミステリアス・クリスマス 7つの怖い夜ばなし

  • 作者: ジリアンクロス,ジョーンエイキン,スーザンプライス,Gillian Cross,Joan Aiken,Susan Price,安藤紀子
  • 出版社/メーカー: ロクリン社
  • 発売日: 2016/10/31
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
イギリスの児童文学・YA作家による、クリスマスをテーマにした怪奇小説アンソロジー。今は亡きパロル舎から出ていたものの改訳新版が、ロクリン社から刊行されました。原書では全3巻28編だったものから7編を厳選した本なので、たいへんレベルの高い作品集になっています。子どもだけでなく、海外怪奇短編・幻想短編が好きな大人にもおすすめできます。
クリスマスとは、誰もが幸せであることを強制される日です。そんな日ですから、闇色に塗りたくってしまいたくもなりますし、それでもかすかな希望も夢みたくもなります。しかし、えてしてそんな希望は裏切られるもので、そういうタイプの作品ばかり並んでいます。特におもしろかった作品をいくつか紹介します。

「クリスマスを我が家で」デイヴィッド・ベルビン

クリスマス・イヴに家に帰るためヒッチハイクをした少年の物語。乗せてくれた男は出所したばかりの凶悪犯罪者でした。しかし、少年の方にも事情があり、奇妙な連帯が生まれていきます。何より怖いのは人間であるという話ですが、意外なラストはけっこう泣かせます。

「果たされた約束」スーザン・プライス

うざい弟をおどすため、冗談でウォータン(オーディン)を呼び出したら、本当に来てしまったという話。クリスマス・ツリーの飾られた部屋が一瞬にして無数の木の立ち並ぶ風景に変容してしまうシーンの幻想性は圧巻。スーザン・プライスらしい残酷描写が冴えわたり、約束された皮肉な結末まで一気に導かれます。

「狩人の館」ギャリー・キルワース

優れた狩人の亡霊が集まるという「狩人の館」に、残忍な男が場違いにも迷い込んでしまうという話。非常に切れ味のよいオチの利いた、優れたショートショートです。

ベッキーの人形」ジョーン・エイキン

これも、人間が一番怖いという話。問題のある子どもたちの学校で校長を務める男が、自分の過去のあやまちを語るという形式になっています。子どもの利己心・残忍性が取り返しのつかない事態を招いてしまう悲惨な展開には、言葉を失うばかりです。

『飛び込み台の女王』(マルティナ・ヴィルトナー)

飛び込み台の女王 (STAMP BOOKS)

飛び込み台の女王 (STAMP BOOKS)

落下とはすなわち、死に向かう運動にほかなりません。飛び込み台の先に待っているのは、墜落死か水死です。
2014年のドイツ児童文学賞受賞作。スポーツ・エリートのための体育学校で飛び込み競技をしているふたりの少女の物語です。
ナージャとカルラは家が隣同士で幼いころから一緒に行動していました。カルラは存在感のない子でしたが、競技の技術は突出していて、飛び込みをしている姿は誰よりも魅力的でした。ナージャは安定感のある選手でしたが、カルラに心酔していて、自分がカルラに勝とうなどという野心は全然持っていませんでした。
いつもカルラに従い、お菓子を買ってあげたり水着まで買ってあげたりするナージャは、客観的にはカルラの下僕のようにみえてしまいます。しかしナージャはその立場に満足していて、周囲からなんと言われようとも気にしません。ところが、カルラの母親に恋人ができて家庭環境が変わってきたことから、ふたりの関係も次第に変わっていきます。この人間関係の緊迫感が絶妙に味わい深いのです。
ナージャはカルラ以外にはまったく興味を持たず、カルラに依存しきっています。ナージャはスポーツすら「不合理」だと思っています。ナージャには生えかけた陰毛を切る癖がありますが、「そんなことをしても意味がない」ということは重々承知していて、「だけど意味がないことはたくさんある」という見解を披露します。ナージャの深い虚無感と、それを埋めるカルラという存在の重さ、思春期の心の揺れが淡々と語られていきます。
友情・努力・勝利・熱血・根性といったスポーツものの物語に求められる要素が極端に薄いところが、この作品の特徴です。スポーツものの物語というよりも、シリアスなSFを読んでいるような気にさせられます。この学校はスポーツのための学校ではなく、侵略者と戦う少年兵を養成するための訓練校で、過酷な訓練から脱落すれば死、課程を修了しても戦死が待っているというような印象です。
そう感じられるくらい、この作品には死の気配が濃密に漂っています。なにしろ飛び込み用のプールは修理中で水がなく、それを見た生徒が「ここに落ちたら、どうなると思う?」「半身不随になるか、死ぬか」という不穏な問答をしているのです。練習中の事故で頭部から出血した生徒は、恐怖感を克服できず脱落していきます。体育学校という箱庭(宮川健郎の論に倣うなら、ここは「箱庭」ではなく「箱舟」と表現すべきだろうか)のなかには、死しかありません。
以下、作品の結末にふれるので、未読の方は読まないようにお願いします。



















最終的にカルラは学校から去り、ナージャは学校に取り残されます。一般的な成長物語の文脈でいえば、箱庭から外の世界に旅立ったカルラの選択の方が正しく、箱庭のなかに残ったナージャはいずれ死ぬしかないと読めます。もちろんその正しさは、一般的な成長物語の文脈での正しさに過ぎず、そうした価値観を否定した児童文学の傑作はたくさんあります。
物語の終盤に、カルラはナージャに自分の見た夢の話を語ります。その夢のなかでカルラは、重くなって背負えなくなったリュック(才能の象徴)を、ナージャに託します。リュックを手放したカルラは外の世界に旅立ち、ナージャは箱庭のなかで勝ち残るすべである才能を手に入れます。
この取引は、双方にとってメリットのあるものだったのでしょうか。そもそもカルラが飛び込みに行き詰まる原因を作ったのはナージャなのですから、すべてナージャの計画通りであったのではないかという、非常にひねくれた見方もできます。しかし、リュックに入っている才能は祝福なのか呪いなのか、それすらも判然としません。
確実にいえるのは、愛と裏切りの甘美な関係性に酔いしれることがこの作品の楽しみ方であるということです。

『地下の湖の冒険』(マージェリー・シャープ)

地下の湖の冒険 (ミス・ビアンカシリーズ (4))

地下の湖の冒険 (ミス・ビアンカシリーズ (4))

「ミス・ビアンカ」シリーズ第4弾。ミス・ビアンカは「囚人友の会」の名誉会長職に就きますが、まだまだ現役を引退するつもりはなく、塩坑でこきつかわれている8歳の少年テディーの救出作戦に赴きます。
今回のステージはねずみの身にはあまりにも広大な塩坑。それも、事故率が75%の危険きわまりない列車に乗って長旅をしなければならないという、非常に難しい任務でした。唯一の救いは、今回は久しぶりにはじめからバーナードが同行しているということです(そのかわり、足を引っ張る老学者ねずみが2匹加わるという編成)。しかし、それが思わぬ悲劇を生むことになります。
苦労して辿り着いた塩坑で一行を待ち受けていたのは、ちょうどねずみにぴったりのサイズの、岩塩を掘って作られた豪華なミニチュアの町でした。バーナードと老学者2匹は、ここで過ごすことで堕落してしまいます。バーナードは優雅な生活をしてミス・ビアンカと同等のレベルに階級上昇したと勘違いしてしまい、あろうことか詩作を始めます。その詩があまりに下手すぎたので、かえってミス・ビアンカとの差が歴然としてしまいます。あわれバーナードは入水自殺を試みますが、地下湖の塩分濃度が濃くて溺れることができず*1、ひどい醜態をさらすことになります。
シリーズではミス・ビアンカバーナードの身分差を越えた絆が何度も感動的に描かれていますが、一方で越えがたい壁も残酷に描き出されています。実際のところマージェリー・シャープは、身分違いの恋愛は成立する派なのかしない派なのか、どちらなのでしょうか。

*1:その後ミス・ビアンカバーナードは泳いで湖を越えるというミッションをこなすことになるが、溺れることができないため「浮き死に」の危機にさらされる。この「浮き死に」という言葉がとてもおもしろい。

『ゆうれい探偵カーズ&クレア1 呪われた図書館』(ドリー・ヒルスタッドバトラー)

ゆうれい探偵カーズ&クレア〈1〉呪われた図書館

ゆうれい探偵カーズ&クレア〈1〉呪われた図書館

「名探偵犬バディ」シリーズ第1作でエドガー賞児童文学部門を受賞した作家の新シリーズ。
主人公のゆうれい少年カーズは、壁抜けをすることが苦手な落ちこぼれでした。この世界のゆうれいは風に飛ばされると抵抗できずどこまでも吹き流されていくような無力な存在で、冒頭でカーズの一家が住んでいた学校が壊されたためみんな風で放り出されてしまい、一家離散の憂き目にあいます。
この導入部、低・中学年向けのエンタメとしては完璧です。設定説明をこなして話を動かし、欠点のある主人公の親しみやすいキャラクター性も印象づけるという仕事がわずか10ページほどでテンポよくこなされているので、すぐに作品の世界に入り込んでいけます。
カーズは流れ着いた図書館で、「生者」なのにゆうれいの姿を見ることができる能力を持った少女クレアに出会います。彼女が執拗にカーズを尾行してくるので、カーズはおびえきってしまいます。天才的なひらめきよりもしつこく地道な捜査で真相に近づくクレアの探偵としての特性を初登場時から印象づけていて、これも手練れの技という感じがします。
クレアは自分のような特殊能力を持っていない普通の利用者のあいだで図書館に幽霊がいるという目撃情報が広がっているという事件の捜査をしていました。カーズもクレアに巻き込まれて探偵活動を開始します。
ゆうれいが実在するという特殊状況のなかでシンプルな論理的解決が導かれます。特殊な設定・キャラクターの魅力・ミステリとしての安定感、いろんなおもしろさがつまっているので、楽しいシリーズになりそうです。