『なかなおりの魔法』(湯湯)

なかなおりの魔法 (トゥートゥルとふしぎな友だち)

なかなおりの魔法 (トゥートゥルとふしぎな友だち)

中国の志怪童話「トゥートゥルとふしぎな友だち」の第2弾。友だちとけんかしてカンカンになっていたトゥートゥルは、近所でみたことのないおじいさんに声をかけられます。石に友だちの顔を描いて、さらに長い鼻を描いたりといたずら描きをすると本当にそうなるのだとおじいさんは教え、トゥートゥルにそうするようにけしかけます。トゥートゥルは、ある子にはひげを描き、ある子の顔はそばかすだらけにし、ある子にはおでこに三角の目を付け、ある子には耳まで裂けた口を描いて、とりあえず鬱憤を晴らして立ち去りました。ところが翌日学校に行くと、石に顔を描かれた子は誰も登校していなくて……。
物語の着地点は明らかですが、やはりそこまでの過程は怖くて、ハラハラしながら読ませてくれます。
今回も平澤朋子のイラストが最高でした。1巻の『真夜中の妖精』では幻想的な美しさをみせてくれましたが、今回はホラーがメイン。カメラアングルの切り替えのうまさ、はっきりみせることのできない闇の絶妙な描きこみ、影絵芝居のような演出、さまざまな工夫がうまく噛みあっていて、スタイリッシュなアングラ感を醸し出しています。

『だれもしらない図書館のひみつ』(北川チハル)

だれもしらない図書館のひみつ

だれもしらない図書館のひみつ

夜長小学校の学校図書館・夜長森図書館には、秘密がありました。夜中になると壊れているはずの木彫りのオルゴール人形マザーブックが鳴ります。それを合図に、館内の本に頭や手足が生え動き出すのです。
ただし、館内の本には格差があります。人気があって館内で読まれたり(おとも)貸し出されたり(おとまり)する本が幅をきかせ、そうではない本は肩身が狭く隅に追いやられているのです。主人公の『ひかげのきりかぶ』は、誰からも手に取られたことのない不人気本。しかも、自分になにが書いてあるのかすら知りません。新しく図書館に来た本はまず司書のしおりさんが音読するので、みんなそれで自分の内容を知ることになります。しかし、『ひかげのきりかぶ』だけしおりさんに読んでもらっていません。
そんな図書館で、本が次々と消える事件が起こります。盗難防止のバーコードが切り取られているので、出来心ではなく確たる犯意を持った犯罪のようです。仲間がどんどん行方不明になるホラー展開には、なかなかぞっとさせられます。そのうえ、内輪もめまで起こります。はじめは不人気な『ひかげのきりかぶ』が犯人ではないかと疑われていました。人気者の『ヒーローマン』が率先して自警団を始めると、当初はみんな協力的だったのに、やがて飽きてライバルを消すために『ヒーローマン』が犯行を行ったのではないかと疑うようになる始末。図書館の本が命を持つという楽しげな設定なのに、なんともエグい展開が続きます。
しかし、その憂鬱な展開を乗り越えた先に、圧倒的肯定感に満ちた優しい世界が待っています。

『伝染する怪談 みんなの本』(緑川聖司)

伝染する怪談 みんなの本 (ポプラポケット文庫)

伝染する怪談 みんなの本 (ポプラポケット文庫)

わたしは怪談こそ、この世のすべてだと思うの。
怪談には恐怖があり、感動があり、生と死がある。
しかも、それを大人にも子どもにも伝えることができるのよ。

子どもから怪談を募集して編案するという企画を編集者から与えられた作家が主人公。本には『みんなの本』という仮タイトルがつけられます。ところが、『みんなの本』という怪談がすでに存在していることが明らかになります。そして、作業を進めている最中に出版社から一方的に企画の中止を申し渡されたり、投稿してきた子どもたちに異変が起きたりと、不可解なことが続くようになります。
『みんなの本』は、『牛の首』のような存在しない怪談でした。となると、問題になるのはその内容ではなく効果となります。それがタイトルにある「伝染」、ゾンビものや「リング」三部作のようなパンデミック型のホラーの様相を呈してきます。最悪の事態を予感してドキドキワクワクするのが、ホラーの醍醐味です。そんな楽しみを存分に味わわせてもらえます。
そして、最終的な恐怖の根源は、このシリーズの核心である怪談愛・物語愛です。メタと物語愛をこじらせたこのシリーズらしい幕引きは必見です。ある意味、究極の愛が実現されています。『みんなの本』は、間違いなく「本の怪談」シリーズの最高傑作です。
いま簡単に最高傑作と述べてしまいましたが、このシリーズが最高傑作を更新するハードルは、非常に高いものになっています。ここでシリーズの軌跡を簡単に振り返ってみましょう。

  
「本の怪談」シリーズは、2010年に同時刊行された『ついてくる怪談 黒い本』『終わらない怪談 赤い本』の2冊からスタートしました。シリーズは基本的に、子どもが偶然手に入れた本にまつわる怪異に巻き込まれるというメタ構造のホラーになっています。『終わらない怪談 赤い本』というタイトルが示唆しているとおり、この2冊は『はてしない物語』のアウリンのように二匹の蛇がお互いの尾を噛みあっている円環構造になっていました。つまり、はじめの2冊でシリーズは完全に完結していたのです。しかし、これ以降のシリーズは蛇足になることはありませんでした。
色のない怪談 怖い本 (ポプラポケット文庫 児童文学・上級〜)

色のない怪談 怖い本 (ポプラポケット文庫 児童文学・上級〜)

はてしない物語』オマージュなのであれば、別の物語が無限に派生するのも理の当然といえます。読者の人気も得て順調にシリーズを重ねていき、2013年の『色のない怪談 怖い本』で極限までメタをこじらせていったん完結します。ここで、『黒』『赤』のセットと『怖』を超えるのは相当な難事業となりました。
しかしその後も番外編が続き、2017年の『まぼろしの怪談 わたしの本』、2018年の『とりこまれる怪談 あなたの本』、2019年のこの『伝染する怪談 みんなの本』が三部作のようなかたちとなりました。そして『みんなの本』は、いままでの約10年の蓄積あっての最高傑作となりました。終盤の盛り上がりはシリーズでも随一で、シリーズのお約束も美しく機能しています。いままであれだけ様々な実験をしてきたのに、まだここまで驚かせてくれるとは。本当にこの作品は満足度が高かったです。

『すみっこ★読書クラブ 事件ダイアリー 2 夜の散歩者と旧図書館のワナ!?』(にかいどう青)

そのとき あなたは もういちど 
わたしの ページを めるくでしょう

そしたら わたしは 
あなたに おしえてあげる
この よのなかで いちばん 悪いことを
宮部みゆき吉田尚令『悪い本』(岩崎書店・2011)より)

ということで、中学校の読書クラブを舞台にした「すみっこ★読書クラブ 事件ダイアリー」シリーズの第2弾。悪い本の伝道師としてのにかいどう青が、またもやらかしてくれます。
正式に読書クラブに加入した千秋は、幽霊が出るという噂のある旧図書館でおこなわれる合宿に参加することになります。目玉の企画はそれぞれがこわい話を紹介しあうというものでしたが、初心者の千秋はなにを紹介するか悩みます。
本の紹介の場面は、にかいどう青の独擅場です。最初に登場する『悪い本』は、軽いジャブでしかありません。定番のあのミステリ作家の作品を紹介するにも本は東雅夫編の角川ホラー文庫版なのかとか、あのSF作家の作品も文春文庫の『厭な物語』を出すのかとか、作品だけではなくアンソロジーにまでこだわるという驚きまで与えてくれます。そんななかで、初心者の千秋が選んだ本が、また納得感の強いものでした。
にかいどう青の選書センスには信頼しかありません。
ミステリ部分に関しては、副題から察してください。

2019年の児童文学

カッコーの歌

カッコーの歌

邦訳第1作『嘘の木』によって瞬く間に人気作家になったフランシス・ハーディングの邦訳第2作が登場。児童文学の王道、四姉妹の物語ですが、実姉妹とチェンジリングの偽姉妹、義姉になるはずだった女性と複雑な属性が混じっています。そして、ハサミ男をはじめとしてさまざまな怪人や怪物が入り乱れる絢爛豪華な冒険ファンタジーとなります。邦訳第1作『嘘の木』がダーウィン以前の迷妄を打ち払い世界を理性の光で照らす話だったのに対し、『カッコーの歌』は物語の闇を重視していることにも注目する必要があります。
エレベーター

エレベーター

エドガー賞ヤングアダルト部門受賞作の『エレベーター』は、暴力が日常になっている世界を詩のような文体で描いた作品です。殺された兄の復讐のために銃を持ち出した少年がアパート8階の自宅からエレベーターで1階に降りるまでの短い時間の物語ですが、そのなかで亡霊たちと邂逅し重苦しい拷問のような時間が流れていきます。
東京創元社早川書房は児童書専門の出版社ではありませんが、ファンタジーやミステリを中心に良質な児童文学やYAを翻訳してくれることで知られています。東京創元社は2020年もフランシス・ハーディング作品を刊行予定、2020年から早川書房が新たに児童向けの叢書を刊行することも発表されました。ますますこの2社から目が離せなくなりました。
あの子の秘密 (フレーベル館 文学の森)

あの子の秘密 (フレーベル館 文学の森)

日本の新人の作品で最も印象に残ったのは、『あの子の秘密』でした。イマジナリーフレンドを持つことや他人の心を読めることなど、秘密を抱えた女子たちの関係性を美しく描いています。文体の操作の技巧や構成のうまさが新人離れしていて、そこかしこにたくらみが感じられます。読了後すぐに、もう1周して真相を確かめたくなるような仕掛けも施されています。
徳治郎とボク

徳治郎とボク

孫と祖父の関係を描いたこれも、児童文学の王道をいく作品です。語り手の男子の年齢が上がるたびに世界を見る解像度が上がっていき、ささやかなエピソードの積み重ねが人生の豊かさを感じさせてくれます。
その声は、長い旅をした

その声は、長い旅をした

中学生になりボーイソプラノの歌い手としての死を迎えようとしている現代の少年と、天正時代にローマへと旅立つことになる美声の少年、全く異なる境遇の子どもたちが「声」を通してつながる物語です。あえて「」を外し文中の「声」の位相を混乱させることで、その神秘性が探られます。
境い目なしの世界

境い目なしの世界

テクノロジーと幻想性を混在させる手練れの技が披露されいるのが、『境い目なしの世界』。スマートフォンを持ったことから境界のない世界の恐ろしさを知る女子の物語です。テクノロジー批判ではなく、この世界にはそもそも境界はないのだということをマジックリアリズムの手法で描いています。
きつねの橋

きつねの橋

境界のない世界は怖いので、人は人為的に境界をつくり異物を排除しようとします。そんな境界をぶち壊すさまを爽快に描いたのが、頼光四天王の平貞道の若者時代の物語『きつねの橋』です。後ろ盾のない斎院の姫君に献身的に仕える女狐を手助けし、霊的な境界も人間関係の境界も突破していく貞道は、2019年の児童文学でもっともかっこいい主人公でした。
あやしの保健室 3 学校のジバクレイ

あやしの保健室 3 学校のジバクレイ

排除される者を妖怪として描くのは、児童文学ではよくみられる手法です。奇怪な妖怪アイテムを駆使して子どもたちの「やわらかな心」を奪おうと企む自称新任養護教諭の妖怪奇野妖乃の物語「あやしの保健室」シリーズは、この3巻で学校から排除された者の復讐戦としての側面をみせてきました。ただし、その復讐は思いがけないかたちで果たされます。
失恋妖怪ユーレミはフラれ女子の味方です! (角川つばさ文庫)

失恋妖怪ユーレミはフラれ女子の味方です! (角川つばさ文庫)

好きな人から「半径10メートル以内に近よるな」と言われて川に落ちて死んだ子が妖怪化したというユーレミの設定は、笑うに笑えない陰惨さを持っています。その一方でこの作品は、LとかGとかだけではくくれない多様な愛のあり方を描く先駆性も持っています。
きみの存在を意識する (teens’best selection)

きみの存在を意識する (teens’best selection)

リアリズムの形式で多様性を描いたのは、梨屋アリエの『きみの存在を意識する』。ディスレクシアなどみえにくい困難を抱える子どもたちの群像を描いたた連作短編集で、その困難自体をなかったことにされかねない人々の言葉を血のインクで記述し、その存在を力強くも繊細に刻み込んでいます。

『ジャンピング・サクラ 天才テニス少女対決!』(本條強)

主人公の山崎桜子は、サッカーが大好きな小学5年生。ですが、世界レベルのテニス選手だった祖父からお寺を練習場所に英才教育を受けていたので、テニスの腕前はとびぬけていました。祖父の指示でたいした意欲もないのに出場した長崎県大会では余裕で優勝。テニスはサッカーと違って簡単に点が入るからつまらないと、真剣にテニスに取り組んでいる子たちから袋だたきにされても文句が言えないようなことを思っていました。慢心の極みにあった桜子ですが、東京から来たバックに花を咲かせる特殊能力持ちのお姫様のような天才テニス少女麗香*1に完敗し、百合に目覚めます。それも、「ああ、来た来た、この身が焼けるような劣等感。この感じ、もはや快感に変わりつつあります」とか言ってしまうくらい高度な領域にまで。
主人公がクズでお道化が過ぎるタイプなので、多少主人公が落ち込んでも軽く笑って読めるのがいいですね。
練習の場面は理論的で説得力があります。また、子どもがひとつの競技に縛られず、複数の競技を楽しむさまを自然に描いているのも、時代の進歩が感じられます。子ども向けのスポーツ小説としておさえるべきところを丁寧におさえている感じがします。
試合のシーンは、ギャグとシリアスの緩急の使いわけがうまく、ぐいぐい読ませてくれます。スポーツとは関係のないイメージ映像を差し挟んだりといったアニメ的な演出も効果的。ライトなスポーツギャグ小説としては、満点の作品です。

*1:年齢がばれるので、「お蝶夫人」とか言うのはやめよう。

『火狩りの王 三 牙ノ火』(日向理恵子)

火狩りの王〈三〉 牙ノ火 (3)

火狩りの王〈三〉 牙ノ火 (3)

人が火に近づくと人体が発火して死んでしまうようになった未来を舞台にしたポスト・アポカリプスSF児童文学「火狩りの王」シリーズの3巻が出ました。いよいよ首都に戦火が及び、人と改造人間と神族の戦いが激化。物語はさらに血なまぐさくなっていきます。
各陣営が開示する世界の秘密は、いまのところどこまで信用してよいのか定かではありません。おそらく、神話や伝承のかたちで伝えられる情報は疑ってかかった方がよいのでしょう。確かな情報には、科学的裏付けが求められます。そういう観点からおもしろかったのは、死体が穢れとされる理由でした。その理由は、死体が燐火を発生されるからだというものでした。そりゃ、火に近づくと死んでしまうこの世界では、死体が忌み嫌われるのは合理的といえます。シリアス場面なのに、このこじつけには笑わされてしまいました。
さて、各陣営が入り乱れて殺し合うしっちゃかめっちゃかな状態の中で、主要登場人物の感情が高まって物語を盛り上げいきます。明楽に火狩りの王になってもらいたいが、狩る対象の〈揺るる火〉が少女の姿をしていることを知ってしまい明楽の決心が鈍るのではないかと心配する灯子。妹の緋名子を守るために兵器開発にまで手を染めてしまったのに、すべてが裏目に出てしまった煌四。永い時間姉神を救いたいと願い続けているのに、やはり願いを果たせそうにないひばり。それぞれ背負う悲劇性が、作中人物の魅力を増幅させていきます。はたしてそれぞれの思いは報われるのか、続きが気になります。