『キオクがない!』(いとうみく)

14歳の笑喜孝太郎は自転車の事故で記憶を失います。退院して家に帰ると弟の態度がよそよそしく、隣家の女子にもひどく拒絶されます。記憶を失う前の自分はものすごくいやなやつだったのではという疑いがどんどん深まっていきます。
児童文学の主人公に加害者を据えるのは、難しい試みです。いとうみくの近作『夜空にひらく』の主人公は家裁送致された子ですが、この子はどう考えても被害者側弱者側の子でした。『夜空にひらく』の主人公を絶対に許すことのできない犯罪者だと思って読んでいた読者はほとんどいないはずです。でも、主人公をガチの加害者にすると村上しいこの『こんとんじいちゃんの裏庭』のように胸くそ悪い読み味の作品になってしまいます。その点、記憶を失い別人格になって自分を見つめ直すという『キオクがない!』の設定にはその難しさを克服するための工夫がみられます。主人公の境遇は森絵都の『カラフル』を思い起こさせます。こういうあからさまなオマージュが出るくらいに『カラフル』が古典化したと考えると感慨深いものがあります。『カラフル』ももう四半世紀前の作品ということになってしまうのか。
いとうみくらしくエンタメ性は十分で、徐々に主人公の謎に迫る構成が読ませます。児童文学のオタク向けには、そこまで同じなのかよという驚きを与えるサービスも嬉しいです。また、悪い見本として認知症になって自分が加害者であったことを忘れた老人という、逃げ切りパターンを提示しているのも意地が悪くてよいです。
ただ、結論部分にはついていけないものがありました。主人公は「甘いとあきれられても仕方がないけれど、おれはおれを許そうと思う」と自己完結します。『羊の告解』でもそうでしたが、いとう作品において許しとは、被害者不在で加害者側が勝手に自分たちに与えるものとされています。この被害者軽視の姿勢はどのような信念に基づくものなのか、気になります。

『はなバト! 咲かせて守る、ヒミツのおやくめ!?』(しおやまよる)

第11回角川つばさ文庫小説賞《金賞》受賞作。憧れの私立中学に入学した白沢みくには、小学生時代にお花屋さんになりたいという夢をばかにされたことから、中学校ではお花が似合うおしとやかな子にキャラ変しようともくろんでいました。しかし、幼なじみの男子伊織が不良に絡まれているところを柔道技で助けてしまったため、腕っぷしが強いことを隠しておこうと思っていたのにさっそく露見し、ゴリラ扱いされるようになります。一方イケメンとの出会いには恵まれていました。入学式に遅刻しそうになったときに大きな生け花の前に佇むミステリアスな先輩竜ヶ水先輩と運命の出会いを果たします。さらに生徒会長で華道部部長のほむら先輩にもなぜか気に入られ、華道部に熱烈に勧誘されます。ただしほむら先輩は人気がありすぎてファンクラブが牽制しあっていて華道部には部員が全然おらず、ほむら先輩に急接近したみくにはほぼすべての女子生徒から嫌われ無視されるという受難の日々を送ることになります。
で、なんやかんやあってみくには、魔法の鏡に映した花の花言葉の能力を使って、人々のこころの花的なやつを奪おうとするオニと戦うバトルヒロインになります。花というテーマは多くの子どもに受けそうです。娯楽として児童文庫を読む層の子は知識欲も強いので、花言葉を覚えられるというお勉強要素があるのもよいおまけになります。
角川つばさ文庫小説賞受賞作だけあって、キャラの魅力も十分です。みくにの数少ない友人になった国分ヒナは、ハイテンションなオカルト少女で、オカルト系の動画配信をしているおもしろ女子です。この子が自分のチャンネルを炎上させてこころの花を奪われるというのは現代的です。
また、古典的ですが、ツンデレヒロインはいいものですね。一歩間違えばストーカーになってしまいかねない愛の重さも笑えます。
気になるのは、外見についての言及がいくつかあったところです。ほむら先輩のセリフに、こんなのがあります。

「植物はウソをつかないからね」
「美しくかざってあげれば、ちゃんと美しく見える。それってすごく、安心するよね」

また竜ヶ水先輩の方は、「見た目だけじゃ、オニかどうかはわかりづらいこともあるよ……」と言います。
花の美しさと絡めて外見というテーマがこの先に深められていくのだとしたら、さらに興味深いシリーズになりそうです。

『ぼくとあの子とテトラポッド』(杉みき子)

短編の名手杉みき子の1983年の佳品。第1章「テトラポッド16号」では、夏休みに海辺のおばさんの家に滞在している一郎と怪異との出会いが描かれます。一郎がテトラポッドにのぼろうとしたところ、ユリと名乗る女子がテトラポッドにはそれぞれ持ち主がいるから勝手に乗ったらダメだと注意してきました。そして、16という番号が書かれたテトラポッドは空いているからそこならのぼっていいと指示してきます。一郎ははじめはぱっとしないテトラポッドだと思っていましたが、16と言う番号が自分の名前と同じであると気づくと急に愛着がわいてきました。しばらくふたりでそこで過ごしていて、ふとユリの方を振り返るとそこには大きな白いカモメがいました。はたしてユリの正体はカモメなのかテトラポッドの化身なのか。
興味がない人からみたら同じようにみえるもののなかからひとつお気に入りを見つけられるという、子どもの感性のあり方が的確にすくいとられています。テトラポッドという人工物が仲立ちとなり、明らかに人外の存在であるユリが一郎を不思議な世界に導いていきます。もとは第1章の「テトラポッド16号」のみが短編として発表され、後に長編化され一郎とユリの冒険が続きました。
第5章でふたりは、休館日の水族館に入りこみます。自動販売機にきちんとお金を入れて入場券を買って入ったので、おそらく不法侵入ではなく合法のはずです。暗い館内でホタルイカの光ったのをきっかけに、水棲生物たちのショーが始まります。ショーの美しさだけでなくユリのこねる屁理屈も愉快で、人が来る日は魚たちは人を観察しているから、休館日だけお互いに見せ合うためにショーをしているのだと言います。
この作品にはお説教要素はほとんどありません。きらびやかな幻想の世界でただひたすら遊ばせてもらえる、贅沢な読書体験を得られます。

『君色パレット すきなあの人』

〈多様性をみつめるショートストーリー〉と銘打たれたアンソロジーの2期1巻。

神戸遥真「わたしのホワイト」

中1のリカは、クラスの完璧超人柊木さんに憧れていて、家や塾などクラスの人に見つからない場所でこっそり柊木さんの持ち物をまねたものを使用していました。小学校からの友だちのゆずちゃんは人の目につくところで好きな人の持ち物をまねして嫌われることの多かったので、ゆずちゃんに比べたら自分はうまいことやっていると思っていました。ところがある日、偶然柊木さんが知らない女と出かけている場面を目撃してしまい、柊木さんに対する幻想を破壊されてしまいます。
憧れの人が誰かの劣化コピーであったという事実を突きつけるのは、なかなかにいじわるです。そこから「特別」であることについて考えを深めさせていく流れは教育的です。

令丈ヒロ子「最高のカノジョ」

令丈作品のキャラが人外相手にキュンキュンするのは、通常運転です。しかしそういうオチにしますか。令丈ヒロ子は総合点が高いのでことさら指摘されることはあまりありませんが、実はものすごく短編がうまい作家なのです。令丈ヒロ子らしい切れ味が光る好短編でした。
それにしても、現在児童文庫界の柱の一角になっている神戸遥真とベテランの令丈ヒロ子が並んで質の高い作品を出してくれると、この業界の層の厚さが実感できて頼もしいです。

少年アヤ「クリィミーじゃない鳥のはなし」

少年アヤの児童文学デビュー作は「うま」が主人公の話でしたが、今度の主人公は「鳥」です。ある冬の日、鳥は突然「すてきな、普通の、男の子」に変身します。鳥は本来男でも女でもないという性自認の持ち主でしたが、この魔法により気持ちが楽になり、好きな男子銀之助との関係もいい感じになってきます。
魔法で楽になった気持ちと自分にも他人にも嘘をついているという苦しみに引き裂かれる鳥の姿に胸を塞がれます。それゆえ、ラストの奇跡の感動も増幅されます。

こまつあやこ「おばあちゃんの恋人」

翠のおばあちゃんに恋人ができて、翠は両親の指令でこっそり相手の様子を探りに行きます。相手はおばあちゃんとは不釣り合いにみえるイケてるおじいさまだったので、おばあちゃんはだまされているのではないかという不安がよぎってしまいます。
作品は、恋愛における似合う似合わないということに対する思いこみを解きほぐす方向に進みます。そのさいに、生け花とフラワーアレンジメントを対置するセンスが、様々な文化を愛するこまつあやこらしいです。

『シニカル探偵 安土真 2 七草館の大冒険』(齊藤飛鳥)

アクが強い奇人変人の子どもたちが〈放課後カイケツ団〉として探偵活動にいそしむシリーズの第2弾。カバーイラストは、目が死んでいる女子が平然とピッキングを成功させるシーンです。児童文学の主人公像としては、かなり斬新です。
戦闘狂の男子熊本歌樹(ウータン)が秘密基地にしていた七草館という空き家が突如心霊スポットとして有名になって大勢の人が出入りするようになってしまいました。その空き家を自分の居場所にしようともくろむ疫病神体質の女子渡辺さくらと性格最悪の自称探偵安土真は、ウータンに協力して七草館が心霊スポットになった原因を探ろうとします。そのためにまず、情報屋の女子伏見久美穂に恩を売って仲間に引きこもうとします。第2巻では久美穂が持ちこんだ依頼と七草館への突入の、大きくふたつの事件が描かれます。
久美穂が持ちこんだ依頼は、彼女の友だちで平安時代のお姫さまの生まれ変わりだという山田莉梵の悩みごとの解決でした。それは、SNSで再会した前世の恋人と実際に会うべきかどうかというもの。そいつは即座にお縄にかける一択なんですが、安土真は莉梵の前世設定は否定しないままで相手の嘘を暴き、会うことを断念させます。1巻では性格最悪にしか思えなかった安土真にも彼なりの優しさはあるのではないかと、彼の見え方が変わっていくところが2巻の見どころのひとつです。
まんまと久美穂を仲間に加え、いよいよ七草館攻略作戦が始まります。心霊スポットになった七草館は、いつも複数の肝試しグループが訪れていてお祭り状態。この作品世界は、治安が悪いというより治安がバカだといった方が正確かもしれません。
七草館の冒険では、豪快な大立ち回りあり手のこんだ心理トリックありで楽しませてもらえます。この冒険を通してデタラメなメンバーのあいだにも友情が成立したのでしょうか? とりあえず結成エピソードはこれでひとまず片づいたようです。きちんと読者への挑戦状がついているオーソドックスなミステリとしての質は高いので、キャラは突き抜けつつも安定したシリーズになってくれそうです。

『葉っぱの地図』(ヤロー・タウンゼンド)

植物たちだけを友人としてひとりで野いばら村のはずれの小屋に住んでいる少女オーラの物語。もうすぐ村に感染症がやってくるとして、村の監督官アトラスはオーラの周囲の植物を焼き払おうとします。逆らったオーラはアトラスの屋敷に連行されます。孤独な戦いを強いられたオーラですが、運命のいたずらで兄の病気を治すために奮闘する少年イドリスとアトラスの姪のお嬢さまアリアナと行動を共にするようになります。三人は舟に乗って逃げ出し、時に反目しながらも病気の謎を解くための冒険を繰り広げます。

進めよ進め。荒れ野の森の、荒れ野の川。
オークのように古く、岩のように黒い川。
森には秘密。川には秘密。
旅は三日目。急げよ急げ。

周りが敵だらけで感染症の脅威まであるオーラたちの冒険には、なかなか緊迫感があり読ませます。でも、オーラに歌うように呼びかけてくる植物たちの声には励まされます。
病気の謎は、「おまえたち子どもには、おとなの世界の善悪がわからないだろう。苦しむ者がいてこそ、この世の中は回っていくのだ」という方向性だったので、日本の悪い児童文学のオタクは上野瞭だ、『日本宝島』だと盛り上がってしまいます。ただしこの作品は、子どもが自分のこわがる感情を受け入れることに希望を見出しています。

『くじらのとうせんぼう』(作=杉山径一/ え=真鍋博)

真鍋博 本の本』*1で、70年代から80年代あたりに不条理児童文学を出していた杉山径一とSFやミステリの挿画で有名な真鍋博が組んでつくった絵童話があることを知り、探してみました。全ページに真鍋博のイラストがあり、文字の部分にもイラストやエフェクトがかかる演出があったりして、いま読んでもスタイリッシュな本でした。
内容は、家が一軒しかない小さな島に住む家族の話です。両親の不在中になつおは電話で花火やさんを呼びます。図々しい花火やさんは家に上がりこんでどこかへ電話をかけ、くじらのとうせんぼうをつかまえるための仲間を呼び寄せます。親のいないときに家に不審者を入れちゃダメだって。なつおやくろやぎのれんたんもとうせんぼう捕獲に協力し、奇想天外な冒険が始まります。
今村秀夫によるあとがきは、自分の息子と対談をするという形式で記述されています。ここで指摘されているように、なつおがそのままくじらに乗って旅に出て家に帰らないという結末には当惑させられます。なつおの失踪後に生まれた弟が「なつお」と名付けられて、彼が「もうひとりのなつおを みつけるんだ」と決心して物語は閉じられます。このラストはある種の分身譚のようにも感じられ、奇妙な読後感を残します。